2007.04.09 (Mon)
舞台「私もカトリーヌ・ドヌーブ」
全10回の公演が皆様のおかげで無事、千穐楽を迎えることができました。
作家、翻訳家、演出、音楽監督、諸々のスタッフ
キャストの方に支えられ無事に終えることができました。
同時上演のギィ・フォワシィ「父の言い分」組のキャストの方とも一緒に楽しい時間を過ごしました!!
特に楽屋での盛り上がり方は・・・(*^_^*)
「私もカトリーヌ〜」の台詞を楽しく使って冗談を言ったり
みんなでお昼を食べたり、明るく楽しい先輩に囲まれた、和やかな楽屋でした。それも昨日で終わり。名残を惜しみながら語り合いました。
稽古から毎日一緒だったから寂しいです・・・。
と、ここからは「私もカトリーヌ〜」の内容など長々書きます。
ご了承くださいませ。
この台本を渡された時、「難しい」というのが第一印象。
でも面白く出来たら、いい舞台になるんじゃないかなって思った。
それからドヌーヴについて調べ、
出演作品を探し、
ヌーベル・ヴァーグを調べ、
アジャーニの作品を観て・・・
と、色々見たりしているうちになんとなく輪郭が見えてくる。
夫に捨てられた元キャバレー歌手の母。
女手ひとつで3人の子どもを育てる。
夫に捨てられたことで母の愛情は歪んで行く。
息子は引きこもり、父親の残した銃を撃ちまくる。
姉ジュヌヴィエーヴ(「シェルブールの雨傘」でのドヌーヴの役名と同じ名前)は自分をカトリーヌ・ドヌーヴだと思いこむことで
自分を成り立たせる。
妹マリーは母の言いつけを守り、恋人の甘い言葉や愛を否定する。その結果、恋人は目の前で投身自殺をし、マリーはリストカットを繰り返す。そして自分を母親だと思い、地下室をキャバレーに見たて、誰も見ていない中で歌う。歌っている間はリストカットの衝動を抑えられる。
きっかけは歯車がほんのちょっと壊れただけ。
バラバラになった家族の話す言葉はやっぱりバラバラ。
それは重く辛く哀しい現象だけど
まったくバラバラな言動はどこかおかしい。
誰もいない部屋で母親の衣裳をとっかえひっかえ歌ったり
ドヌーヴになりきってひたすら化粧をしたり
うさぎを持って外を歩き回ってみたり
「怖がらせてごらん」なんて姉が言えば
「ママに怖がらせてほしいって」と伝達する妹
それに「私は死んだ。ちょっと考えてみて、私は死んだって」
なんて言う母。
くまを見たら死んだふりをする、なんて場面を想像してしまう。
このバラバラっぷり。
どこか自分の家族に似ていたりする。
唐突に自分の考えたことだけ脈絡もなく喋る。
そんな台詞が続くのがおもしろい。
役者は台詞が与えられると
その台詞がどういう動機で語られるのか、
その気持ちの流れを考える。
でも言動はバラバラだから。
個々の役者がどう解釈するのか、
それを演出がどうリードを取っていくのか
その作業によって、この作品がおもしろい作品として世に打ち出せるかどうかが決まっていく。
実はこの作業、本番中も続く。
舞台に立ってると、今まで捉えていた感覚と違った感覚が湧いてくる。
その感覚を言葉に、歌に乗せてみる。
「毎日違うのはどうしてですか?」
という、観て下さったフランス人の方からの質問に
恐る恐るそんなことを話してみた。
なるほどって言ってもらえたから良かったけど・・・(^^;
この芝居を通して色々な方と知り合い、
共に創造し、濃厚な時間を過ごすことができました。
それは間違いなくわたしの財産です。
みなさん、本当にありがとうございました!!
ここまで読んでくださったことにも感謝します(^^)
中村、少しでもいい役者になれるように、これからも頑張ります。
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全10回の公演が皆様のおかげで無事、千穐楽を迎えることができました。
作家、翻訳家、演出、音楽監督、諸々のスタッフ
キャストの方に支えられ無事に終えることができました。
同時上演のギィ・フォワシィ「父の言い分」組のキャストの方とも一緒に楽しい時間を過ごしました!!
特に楽屋での盛り上がり方は・・・(*^_^*)
「私もカトリーヌ〜」の台詞を楽しく使って冗談を言ったり
みんなでお昼を食べたり、明るく楽しい先輩に囲まれた、和やかな楽屋でした。それも昨日で終わり。名残を惜しみながら語り合いました。
稽古から毎日一緒だったから寂しいです・・・。
と、ここからは「私もカトリーヌ〜」の内容など長々書きます。
ご了承くださいませ。
この台本を渡された時、「難しい」というのが第一印象。
でも面白く出来たら、いい舞台になるんじゃないかなって思った。
それからドヌーヴについて調べ、
出演作品を探し、
ヌーベル・ヴァーグを調べ、
アジャーニの作品を観て・・・
と、色々見たりしているうちになんとなく輪郭が見えてくる。
夫に捨てられた元キャバレー歌手の母。
女手ひとつで3人の子どもを育てる。
夫に捨てられたことで母の愛情は歪んで行く。
息子は引きこもり、父親の残した銃を撃ちまくる。
姉ジュヌヴィエーヴ(「シェルブールの雨傘」でのドヌーヴの役名と同じ名前)は自分をカトリーヌ・ドヌーヴだと思いこむことで
自分を成り立たせる。
妹マリーは母の言いつけを守り、恋人の甘い言葉や愛を否定する。その結果、恋人は目の前で投身自殺をし、マリーはリストカットを繰り返す。そして自分を母親だと思い、地下室をキャバレーに見たて、誰も見ていない中で歌う。歌っている間はリストカットの衝動を抑えられる。
きっかけは歯車がほんのちょっと壊れただけ。
バラバラになった家族の話す言葉はやっぱりバラバラ。
それは重く辛く哀しい現象だけど
まったくバラバラな言動はどこかおかしい。
誰もいない部屋で母親の衣裳をとっかえひっかえ歌ったり
ドヌーヴになりきってひたすら化粧をしたり
うさぎを持って外を歩き回ってみたり
「怖がらせてごらん」なんて姉が言えば
「ママに怖がらせてほしいって」と伝達する妹
それに「私は死んだ。ちょっと考えてみて、私は死んだって」
なんて言う母。
くまを見たら死んだふりをする、なんて場面を想像してしまう。
このバラバラっぷり。
どこか自分の家族に似ていたりする。
唐突に自分の考えたことだけ脈絡もなく喋る。
そんな台詞が続くのがおもしろい。
役者は台詞が与えられると
その台詞がどういう動機で語られるのか、
その気持ちの流れを考える。
でも言動はバラバラだから。
個々の役者がどう解釈するのか、
それを演出がどうリードを取っていくのか
その作業によって、この作品がおもしろい作品として世に打ち出せるかどうかが決まっていく。
実はこの作業、本番中も続く。
舞台に立ってると、今まで捉えていた感覚と違った感覚が湧いてくる。
その感覚を言葉に、歌に乗せてみる。
「毎日違うのはどうしてですか?」
という、観て下さったフランス人の方からの質問に
恐る恐るそんなことを話してみた。
なるほどって言ってもらえたから良かったけど・・・(^^;
この芝居を通して色々な方と知り合い、
共に創造し、濃厚な時間を過ごすことができました。
それは間違いなくわたしの財産です。
みなさん、本当にありがとうございました!!
ここまで読んでくださったことにも感謝します(^^)
中村、少しでもいい役者になれるように、これからも頑張ります。
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